2010年09月10日

「メロディー」と「詩」

「メロディー」と「詩」について書こうと思います。

「作曲」は「メロディー」を作る作業
「作詞」は「詩」を作る作業

このことは誰もが理解出来る事

様々な考え方があると思うが、
私個人の考えとして「うた」になれば
「メロディー」と「詩」は50%×50%であるべき。
との立場をとっています。

詩がメロディーに乗る事で響く世界
があるように思うからです。

詩に比重をおくならば、表現手段としては、
文学における「詩(ポエム)」でいいと思うし、

メロディー(和声やリズムとの関係を含む)に
比重を置くならば、インストロメンタルでいい。
と考えています。

「うた」は楽器であるとよく言いますが、
個によって微妙に違う声の持つ質感や表現方法などの
要素が絡み合って一つの表現手段になると思うからです。

詩に関して私が音楽専門学校などで講義をする時に
よく話す事で、「語群」に関する話がある。

「膝が笑う」という表現があるが、言葉としておかしい。
「笑う」の部分が「痛い」とか「かゆい」ならどうだ。

「膝」と「かゆい」は同じ語群。
「膝」と「笑う」は違う語群。

一見相反する要素が結び付いた時に「感慨」が生まれる。
「言い得て妙」「うまいこと言うね〜!」となる。

ユーミンンの「卒業写真」の冒頭。

「悲しい事があると」
「開く皮の表紙」
「卒業写真のあの人はやさしい目をしてる」

名曲の一説ですが、これが…

「悲しい事があると」
「涙がでちゃうのよ」
「卒業写真の〜」

だとすると「感動」に繋がらない。

2行目が「涙が出ちゃうのよ」だと聴き手は聞き流す。
多くの人の想像の範囲内にあるからだ。

「開く皮の表紙」とくれば「なんだ?」というような
感覚になる。「どうなるんだ?」ってな案配。
その聴き手の「なんだ?」という感覚の中で、
あのメロディーに乗せて、

「♪卒業写真の〜♪」とくるから、

聴き手の中で一気にイメージが膨らむのである。

その瞬間、勝負は決している。
極端な話、その後が「優しい目をしてる」でも
「そのままだったから」でも大した差はない。

要はこの2行目が説明になっていないから良い。

「悲しい」と「涙」は同じ国群
「悲しい」と「皮の表紙」は違う国群

その相反するものを加味しながら、
聴き手が意識の中で自由に結びつけてゆく。

これは国の文化や、多くの人が共有する文化があって
初めて成立する。「言い得て妙」にならないと…。

例えば西洋のジョーク
日本人には理解出来ないものが多い

例えば…。

ある英国人がオーストラリアへ移住しようと
移民局で手続きを始めました

移民局:「犯罪歴はありますか?」
英国人:「やはり必要なんですか?」

これはオーストラリアが流刑植民地であったことを
社会構造に伴う共通認識があってはじめて通用する。

日本人の感覚では、判ったとしても「笑えない」

そのような多くの人々が共有出来る表現や
「流行」も含めた社会の共通認識が含まれる事が
「詩」における重要な要素なのだと考えている。

先に述べたように「うた」である以上、
音楽的な要素と切り離す事は出来ない。

例えば

「卒業写真のあの人は優しい目をしてる」

の部分で、音楽的に解決するのかそうでないのか…。など、
メロディーと詩が相対的に絡み合って時間軸に沿い進行して
ゆくことこそが音楽が「時間芸術」といわれる所以。


ん〜、やっぱ長くなっちゃうな〜。
今回は「詩」への比重が大きかったような…。

機会があれば比重を音楽的な所に置いて書いてみよう。

2010年07月20日

運命の女神はとても優しい

生徒は取らない。
自分なりの理由があり今まではそうしてきた。
そんなのどうでもいいのに。
長年気づけなかった。

役に立つなら、私の持つものはすべて提供してあげよう。
その方がいいに決まってる。

大阪の歯医者さんで、とてもやる気のあるよい生徒さん。
私が歌っているこの曲を聞いて生徒になっていただいた。

久々に聞き直してみた。

名曲というのはず〜っと名曲であり、
誰が歌っても名曲であり、
非の打ち所がない。

そして、人々の想いを代弁するような
素晴らしいテーマを持っていて、
それを我々聴き手に投げかけてくれる。

この訳もまたすてきですね。

幸運の女神は優しく
密かな願いがかなうように
願っている人たちに
力を貸してくれるのさ


我が永遠のアイドルBilly Joelが歌う
永遠の名曲

「星に願いを」When You Wish Upon A Star

是非ご覧あれ。


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ツイッタやってます。@kenjiro_pf

2010年07月05日

S T A G E

嫌いな言葉がある


「ステージ ‘ が ’ 上がる」 だ。


この曖昧模糊な表現が好きになれない。

一方、好きな言葉がある。

「ステージ ‘ に ’ 上がる」だ。

「ステージ」は無条件に誰にでも用意されるものでない。
自身が求めないと用意されない。

もちろん、ステージは一人では作れない。
ましてやステージに上がる時には照明や音響など
大部分の全権を他人に託す。


私の母は商売をしていた。

たばこ・パン・お菓子等々…。
「何でも売ってる角のよろず屋」である。
小学校と中学校がすぐ側にあったせいか、
私の自宅でもあったその商店は
地域の人達によく知られていた。
ガキの頃よく言われたフレーズがある。

「いつもお前とこで買うたってんねんぞ」。

 子供が言いそうな事だが、
時に大人達にもそれを言われた。
とてもいやだった。

ある日母に相談したら、血相を変えてこんな風に答えた。
「あんたは絶対に売ったってるって言いなや!
だまって言わしとき!」。
少し戸惑っている私に母は続けた。
「おまえがそれを言うたら話終わってまうやろ!」。

彼女の理屈はこうだ。

売る方は「買ってもらってる」そして、
買う方は「買わせてもらってる」
それが本来あるべき姿で、
絶対にそれを越えちゃだめだと。

私が「売ったってる」と言えば、
後には売り言葉に買い言葉しか残らない。

 その時の母の論理にはなぜか妙な納得力があり、
子供心に「なるほどな」なんて思ったものだ。
それ以来その考え方は私の指針にもなっている。
いつもお客様の前で演奏を披露している私にとって、
ご来場頂いた人々に対して
「唄ったってる」になってやしないかと…。

そう、世はつねに「双方向」だという哲学だ。

ところで...。

「ステージ ‘ に ’ 上がる」

そこには人間の強い「意志」が感じられる。

だから、好きなんだ。

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2010年05月29日

ブラームスが言ったそうな

「今日では、私達にはもう、モーツァルトのように
美しく書けない。だがしかし、私たちには、
彼らが書いたのと同じくらい
純粋に書くよう努めてみることはできる。」

- ブラームス -

どのくらい正確な表現なのか、
この言葉の信憑性や事実関係も定かでないが、
この一文をネット上で偶然たどり着いたサイトで見つけた時、
勇気を頂いた。

明日のライブ、

純粋に奏でるよう努めてみたい。

◆5/29 (Sat)
「Piano Man's World」with 小濱達郎
@大阪中津 Galeria de Journey
TEL: 06-6110-5520
場所:大阪中津 Galeria de Journey
〒531-0071 大阪市北区中津3丁目35-23-105
TEL: 06-6110-5520 / FAX:06-6110-5527
<最寄駅>大阪市営地下鉄 御堂筋線 中津駅 2番出口
開場:19:00 開演:19:30
入場料:前/¥2,000 当/¥2,500/(1D別)

〈check!〉
ライブ当日はustreamにてライブ配信します。
http://www.ustream.tv/channel/billy-joel-marathon
(PCはもちろん、iPhoneでの観覧も可能)

小濱達郎WEBサイト
http://sound.jp/hama-/


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2009年08月19日

心から

              遠
           人  来
           帰  の
           り  
           行
        鰯  く
        雲


久々に父の句を紹介したい。

お盆で遠方からやって来た兄妹達も帰り、
にぎやかだった時間から一転、静寂の中、
また、一抹の寂しさと共に日常が戻ってくる。

ふと空を見上げると、もう秋の空であった。

という句です。

この季節の空を見上げると、
いつもこの句を思い出します。


この秋、ついに父も引退。

家族を支える為、54年間働いてくれた。
長年のお努め、ご苦労様でした。

心からの言葉、送ります。

「ありがとう」

2009年08月07日

Desperado

EAGLESのこの曲。

昔から中年男性に絶大なる人気なんです。

ココんところこの曲にまつわる出会いを幾つも頂き、
ちゃんとオリジナルを熟聴した事が無い事に気づき、
再度音を聴き取り直しました。

素晴らしいのは言う迄もないのですが、
バンドならではのサウンドが改めて胸に響きましたね。

この曲も何処を切っても名曲であります。

友人U氏より、この曲に関する興味深い情報を頂きました。
メールを一部そのまま引用させていただきます。

デスペラードですが、英訳すると
「ならず者」「無法者」「命知らず」などの意味。

19世紀に実在したギャングのダルトン兄弟の事を歌って
いるのだそう。ダルトン兄弟はジェシージェイムスや
ビリー・ザ・キッドと並びアメリカでは有名な強盗一味。

米人はこれらの名前にある種ノスタルジーを感じ、
西部開拓時代に思いをはせるみたいです。

歌詞は、
そんなならず者達をモチーフに、
孤独な強盗家業から足を洗って、
誰か愛してくれる人を見つけなはれば…。

という歌。

今日のライブ「カバーなKENJIRO」では、
オリジナルバージョンでお送りします。

歌詞貼付けます。

Desperadoの続きを読む

2009年08月06日

コダクローム

Paul Simon 「Anthology」

我が家にあるライブラリーの中からの1枚。

このアルバムはいわゆるベスト版ですが、
「kodachrome」という古い作品が収められてある。
この曲を取り上げることになり、
久々に聴き返してみたら、やっぱ素晴らしい!

名作というのは何処からみても名作だ。

整合性が半端じゃない。
矛盾がないわけだ。

ココがこんなに素晴らしいのだから、
ココやアソコは多少犠牲になってもいい…。

な〜んて、中途半端な事は無い。

すべてが素晴らしい!!

世に名作と呼ばれる作品というものに出会い、
少し歳月を重ねた新しい自分が再会を果した場合、

時に最初の出会い以上のものをくれる事がある。

なにしろ、

どんな立場の人間であろうが、
どんな世代の人間であろうが、
時代が変わろうが…。

誰にでも「すぐに解る」。
瞬時に「気持ちがいい!」のが「名作」って訳だ。

因みに「kadachrome」というのは、
写真のカラーフィルムの事で、
この商品は今年一杯で姿を消すという。

http://wwwjp.kodak.com/global/en/professional/
cpq/features/kodachrome.jhtml?pq-path=15415

そんなきっかけもあり、写真に夢中の私としては、
久々に歌いたくなり、昔の譜面を引っ張りだして来た。

今だから響く。

やっと響く。ともいうかな。

いや、解んなかったオレ…。ってことか。

なにせ、やっぱ歌詞の内容も響く訳です。

フィルムカメラにフィルムを装着して、
たっぷりと時間をかけて瞬間を記録する。
そして、瞳の奥の記憶に残る残像を思い出し、
ドキドキしながらラボ(現像所)に向かう。

すぐにモニターで見られるデジタルカメラの
便利さとはひと味違った楽しみがある。

歌詞貼付けます。

コダクロームの続きを読む

2009年05月28日

「ノスタルジー」

昨日のライブにお越しいただきました皆様、
本当にありがとうございました!

昨日発表した新曲「ノスタルジー」。

中野新橋に単身赴任していた頃、
携帯にメモした素材を元に作りました。

昔は玄関に「打ち水」をしたものです。
日差しに照らされ昇ってくるあの何とも言えぬ匂い。
私にとっては「平和」を感じる事の出来る匂いです。

ある日の夕方、私の父や母と子供達との交流を見ていて、
ふとあの時代を懐かしむモードに入りました。
私が生まれた昭和42年当時、我が家にはまだ
叔父や叔母がいて、9人の大家族でした。
毎日「ドンラガッシャン」な日々だったはず。
我が家は今、父と母を入れると8人の大家族。
時折タイムスリップしたかのような瞬間があります(笑)

祖父や祖母と日常を共有出来る。
そして、それらが思い出となってゆく。

古いスタイルの考え方かもしれませんが、
私は大好きなんです。

そんな「私の日常」「平和なカンジ」のうたを、
私の祖父と祖母の顔を思い浮かべながらつくりました。

最初「余韻」というタイトルで作り始めましたが、
最終的に「ノスタルジー」になりました。

フランス語なんだそうです。初めてしりました。

来月24日も「新曲発表」です。


2009年05月07日

元善光寺

父と母はこのゴールデンウィーク、
7年に1度の「御開帳」に参加するため
長野の善光寺を参った。
父にとっては念願叶った時間だったようだ。

「御開帳」とは、日頃は厨子の奥に安置秘蔵する仏像や佛舎利の扉を開き帳(とばり)をあげて、何年に一度と期を定めて親しく拝する法会の事。正式には「善光寺前立本尊御開帳」と称すのだとか。

http://www.gokaicho.com/

写真の公園の隣にも「元善光寺」なる寺がある。意外にも全国に数百もある「善光寺」と名の付く場所の中でも飯田の元善光寺と並ぶ特別な場所だそうです。その飯田の元善光寺にも私は訪れていて、その麓にある「麻績の館」という場所で録音をした。ご縁を感じますね。

長野の善光寺の本尊である秘仏、「善光寺式阿弥陀三尊」は、552年に百済の聖明王から献呈され、紆余曲折を経て本田(本多)善光の手で初め飯田市に、次いで現在地に遷座したと伝えられる。一方、八尾の善光寺も元善光寺といい、本田善光が難波の堀江に於いて信濃へ帰る途中一泊し、濃善光寺を建立した翌年にここを訪れて寺を建立し、分身を祀ったと伝えられている。 全国の元・新善光寺のなかでも唯一の融通念仏宗寺院で大念仏寺の末寺である。

こんないわれが残っています。
日本古来の神道を守る物部氏と、仏教を受容しようとする蘇我氏との争いの中で、如来仏は物部氏によって難波(なにわ)の堀に捨てられてしまった。都に上っていた信濃の本田善光が難波の堀を通りかかると、如来に呼び止められ、堀から飛び出した如来は善光の背中に乗り移り、善光はこれを信濃に持ち帰り、642年(皇極天皇元年)自宅を寺に改めてお祀りしたのが善光寺の始まりであるといわれている。 「善光寺」の名はこの本田善光の名から付けられたとされる。

[参考資料]  『現地解説碑』 八尾市教育会編

最近、後で自分が見る用の記事になってるな〜。
「ピアノマンの独り言」なんで、あしからず。

15世紀の「くすの木」あと1枚

元善光寺の続きを読む

2009年03月11日

脱・スピリチュアリズム

久々に本を数冊まとめて読んだ。
比較的読みやすい本だったので一気読み。
流行の「スピリチュアリズム」について書かれたもの。
と〜っても面白かった。

1冊は皆様もきっとご存知の霊能者Eさんが書いた本。
後の2冊はEさん含めスピリチュアルブームへの警鐘。

両方読むとどちらも「なるほど〜」なのだが、
あまのじゃくの私には警鐘本の方が面白かったな〜。

言われてみれば普通にテレビでやってる番組が危ない!
って事にハッとした。今更ながらナノだが…。

家族全員スタジオに呼んで、あの世から死んだのお父さん
まで呼んで、家族それぞれへのメッセージを伝える…。
お茶の間ではそれを家族全員で泣きながら観てる。

「あなたの前世はヨーロッパの騎士です!」
と断定されたタレントが泣き出す…。

冷静に考えるとかなり危ない話です(汗)

因みにスピリチュアリズム [spiritualism]
を辞書で引くと、

(1)霊媒を介して霊と交信できるとする心霊主義。交霊術。

とある。

では、視聴率について観てみよう(関東地区)
世帯視聴率1%=約17万4千世帯
個人視聴率1%=約40万4千人
(いずれも調査エリア内推定)だそうな。

一時のE氏のTV番組の視聴率は15%を超えていたそう。

あえて人数は書きません。私自身、自分で計算してみて、
PCの計算機の桁に驚きました(笑)
何人の人間が観ているかというのはご自身で…。

要はそれだけの人間が大手メディアを通し、
「霊魂の存在」を公然と認めてる番組を観ていた。わけ。
そして今迄、地上波がゴールデンでやる事などなかった。

現実に精神科医に訪れ「私の前世分かるでしょ?」
「この先教えてよ〜!」とのたまう若者が増えてるとか。

マジで、気をつけないと。

テレビの影響力は悪霊なんかよりずっと怖いんだから…。

2009年02月06日

太田さん

「一般的」というフレーズがある。
一般的に言うなら、私の人生は随分からかけ離れてる。
間違いない。知らぬ間にそうなっていた。

佐賀から出て来た運転手さんのタクシーに乗った。
大阪での生活はほんの数ヶ月だそうだ。
ま〜見事な佐賀弁丸出しでお話になる。

ジャズ。モーツァルト。女。兄妹。

色んな話になった。
なぜ佐賀弁を話すかの訳も聴いた。

佐賀で魚屋をしていたそうな。
また会えるといいな〜!。

両親共に鹿児島ってことも作用してなのか、
なんだか九州の人っていい。

明日から鹿児島〜熊本を旅します。

仕事は1日だけ。
でも5日も九州に居ます。

その訳は追って…。

2009年02月05日

硬度の深度

父は旋盤職人としてまだ勤めに出ている。
という話は何度も書いているが、
先日、彼の話に興味深いものを見つけた。

日本の、特に中小企業の職人達が持つ技術力は
世界に誇れる高い技術力を持つ事はすでに有名な話。
父が十代から接する「金属加工」の分野もそうらしい。
聞いたのは「硬度の深度」とでも言おうか、そんな話。

鉄は基本的に固いが、その固さにも色々あるそうな。
その典型的な例が日本刀だという。
日本刀の刃の部分を観た事がある人は少ないと思うが、
日本料理の料理人が使う包丁ならあるかもしれない。
微妙な色のグラデーションが波打っているでしょ?
炭素等の配合加減などにより固さは決まるらしいが、
要は表面は固く中に行くに従って柔軟性を持つ事。
しかも中心に行くに従い徐々に柔軟になる事が重要で、
それゆえに折れないのだそう。
でなければ武士同士がチャンバラやるとすぐ折れる。

ずっと鉄に接してたからか、それとも
鹿児島の血がそうさせるのか、
父もなかなか折れない頑固一徹者なのです。

2009年01月21日

ゆめBOX

なるものを作った。長女の発案だ。
まずは本日出来た完成品をご覧あれ(笑)。

家族皆が好きな時にやりたいことや欲しいもの…
描いた夢を何でも自由に紙に書いて入れておける箱。

だそうな。

条件は無制限。「いうだけタダ」ってわけか。

「ゆめBOX」か…なんか良いフレーズだ!

作ったっていってもフタだけだが、結構楽しかった。
日曜大工なんて何年振りだし、木の板を買って来て
投票箱のような穴を作っただけのとても簡単なもの。
それでも何時間もかかっちゃいました(汗)

長女が最初に紙に書いて投じたのは、
「ディズニーランドに行きたい」だった。

それを受け私は、
「皆でディズニーランドに行こう!」

にしてみた。

時々出して確認しないと、ずっと入ってそうで怖いな〜。

この箱結構大きいけど、どのくらいの量の夢が入るのか…。

2008年10月25日

じいちゃんの形見

祖父の名は栄吉。12年前の夏、90歳で逝った。
我が家の二人の息子の名にも「吉」をいただいた。

じいちゃんは盆と正月の宴席には必ず同じ芸を披露した。
そして、皆が集まると記念撮影をするのが大好きで、
何かというとお隣の立派な植木の前で写真を撮った。

1ヶ月ほど前、私はデジタル一眼レフカメラを買った。
買うまでに実に2年もかかった。きっかけはあった。

2年前のある日、自宅にて古いカメラバックを発見。
銀鉛カメラと3本レンズが皮のケースに収められていた。
このレンズ達はPentax SPという大昔のカメラと共に
我が家の押し入れに何十年もずーっと眠っていた訳だ。
父に聞くと、彼が老眼で視認率が悪くなったあたりから
ほとんど使わなくなったという。

さて、そのカメラが製造されたのは1964年〜1976年まで。
東京オリンピックや大阪万博等と重なる時期で大ヒット。
価格も手ごろで皆がこぞって買った商品だそう。

一枚目の写真のレンズ、Super Takumar 1:1.8/55も
同じ時期に作られている。だから40年以上も前のもの。

やっと手に入れた愛機、Pentax K200Dに装着。
すべてマニュアルだから1枚撮るのに時間を要すが、
私のような素人が撮影してもこのレンズを通すだけで
独特の雰囲気を醸し出す。特に人物の描写は素晴らしい。
いささかノスタルジックな部分もあるかもしれぬが…。

いずれにせよ、このオールドレンズの歴史を知るまでは、
写真に興味こそあれ、デジ一購入など考えもしなかった。

古いアルバムの中に残るあの日切り取られた時間。
私を含めた我が家の人々。そして、そこで起った出来事。
すべてがこのレンズを通して記録された。

祖父はこのレンズ越しに若き日の父や母や私たちを眺め、
シャッターを切った。私もこのレンズで子供達を撮ろう。
そして又私や妻の姿がアルバムの中でセピア色になる頃、
子供達は新しい時代に何を想い生きているのだろう。

我が家の家宝として、大切に使ってゆきたいと思います。

おじいちゃん、いいモノありがとな〜!!!

あと4枚

じいちゃんの形見の続きを読む

2008年09月30日

点と点

宮崎での演奏。
私のルーツとも呼ぶべき場所や人々に会った。
大先輩方ばかり。

近くまで来たので鹿児島にあるご先祖様の墓に参ろうと、
3時間以上かけて車での移動。祖父の生まれた場所や
祖母との縁の深い地などを経由しながら向かった。

十数年振りに訪れたその場所には、
叔父や叔母が待っていてくれた。
昔大阪に居てとてもかわいがってもらった人達。

その夜、叔母の手料理で焼酎のお湯割りを呑んだ。
父や母を介さず彼らと酒を呑むのは初めての経験。

仲間が教えてくれたアップルの創設者 S.Jobs が
話していた事は、今回の宮崎〜鹿児島の旅で
感じた事そのままだったのでびっくりした。

YouTubeの映像はこちら
http://jimaku.in/w/D1R-jKKp3NA/GIRCQmkIyXM

S.Jobs曰く、
「点と点が繋がる様はずっと後に判る」のだそうだ。

私がココに居るのはどう考えても
様々な点と点の「繋がり」があってのことなんだな〜。

70年前母の生まれた場所でのビデオ上映会。

あと1枚

点と点の続きを読む

2008年06月30日

「As time goes by」

尾道にこんな素敵なお店がある。
カウンターからの眺め。
(写真は尾道のピアニストh女史のものです)

私が初めて尾道を訪れたのは95年。
尾道との出会いは以下を参考にしてもらうとして、
http://www6.kiwi-us.com/~kenjiro/Essay.html

その尾道との出会いの日、尾道に着いてすぐ
とても美味しい創作料理のお店に連れて行ってもらった。
海沿いの小さな店のカウンターに座り、地元瀬戸内の魚を
使ったお料理を頂いたのを覚えている。
尾道との「出会いの味」である。

それ以来、45都道府県を回った中で一番の街になった。

そして、2004年。
およそ10年ぶりに尾道の街や人々との再会を果たした。
そして、尾道の歌を作った。

昨年の夏にその店のシェフと再会した。

お店のお客様のお誕生日のお祝いにとシェフ自らが
ピアノに向かい、演奏をしてらした。
その後、流れで私もその方の為に弾き語りをしたが、
とてもマスターにかなわなかった。

とにかく、なんというか…。
私なんかよりもっと心のある演奏だった。

フレンチベースの創作料理。シェフの味。
この夏、18年の歴史に幕を閉じるという。
とにかく、長い間お疲れ様でした。

大好きなスタンダードナンバーの歌詞を貼り付けます。

「As time goes by」の続きを読む

2008年04月24日

「いちめんの菜の花」

菜の花を見ると二つの事を思い出す。

昔の話。
私が小学校に通っていた時、何かの教科書に
「「いちめんの菜の花」という詩とともに
菜の花畑の写真が載ってた。

教科書の表紙一杯使って「いちめんの菜の花」
という言葉だけが何十回も書いてあった。
子供心に「なんじゃこりゃ」となにか引っかかった。

もう一つはもっと昔のはなし。

私の父は幼少期を鹿児島県の田舎で過ごした。
彼が幼い頃よく遊んだ小高い山の上から見た景色の話を何度も聞かされた。

春になると見渡す限りの菜の花畑が広がっていて、
まさに視界のすべてが菜の花で埋め尽くされたそうな。
そして、その向こう側には悠々と煙を上げた桜島の勇姿。

そんな景色ってきっと一生忘れないんだろうな〜。
正直、うらやましい。

私は実際見たわけではないし、話聞いただけなのに、
目を閉じれば景色が浮かびます。


「いちめんの菜の花」の続きを読む

2008年01月19日

チャーリーの一言

で、その「ヘビロー」、チャーリーの名作「街の灯」。
娘二人はまだ字が読めないので
「なんて書いてるん?」
と、いちいち吹き替えをやらされる始末。

しばらく読んでやってると、
久々に観た親の私の方がはまってしまった!

写真は目が見えるようになった少女と
みすぼらしいサマのチャーリーが再会するシーン。

ずーっと少女を見つめ続けているチャーリー。
にっこり笑ってポツリというのよ。

「目が見えるようになったの?」って、

っっっっっっていうのよ〜!(涙)。
っていうか、書いてるのを私が読むのね…。

また、泣いちゃいました。

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2007年11月23日

落ち葉たき

東京にもけっこうあるが、「生産緑地地区」が我が家の裏山の麓にもある。
まだ畑や田んぼがあり、昔ながらの風景を少しだけ残している。

わざわざあぜ道を歩いてお散歩に出かけるのだが、収穫を終えた田んぼを歩いていると、
娘が「おっちゃんに怒られへん?」と聞いてくる。子供なりに気を使ってる訳だ〜。
私は、「まだ、畑になってないから大丈夫や」
「怒られたら、とおさんが謝ったるわ」と返した。

収穫を終え、しばし経った田んぼは、水が徐々に乾き、体操用のマットくらいの固さ。
稲を刈り取った部分からは新たに緑の新芽がでてきている。
「ひつじ田」というらしい。稲孫(ひつじ)稲の孫と書く。面白い。
それらを見つけては手に取り、あれやこれやと質問してくる。
「なんなん?」「なんでやのん?」と。
少しゆるめの土の上を、足下を慎重に確かめながら歩く娘をみて、
いい経験だよな〜。なんて思った。

そして、いわゆる「たき火」をあまり見かけない事に気づく。
そう、たき火禁止令。いつからなのだろう。
農家の方は勝手が違うとお困りの様子。
私が小さい頃は近所の人達がどこからともなく、そして、
何をする訳でもなく、たき火を囲んで時間をつぶしたものだ。

このくらい田舎に来てもキャッチボールをする場所は皆無だし、
ましてや凧など上げようものなら、近所の大人にどやされる。
そして、必然的に勉強もスポーツも、数々の習い事で養う。

確かに子供は危ない。でも、危ない事をするのが仕事でしょ。
誰か大人が観ていてやればいい。

でも時代の流れには逆らえないよな〜。ゲームに狂うのは必然だ。
ただ、社会の風潮というか、なんというか…。
子供達にはどうなのだろう?

雨の日も風の日も半世紀以上農作物を育て続けてらっしゃる
お年寄りにはどうなのだろう?

私は農家の方々が籾殻を燃やしたり、落ち葉を燃やしたりするのは
風情があっていいんじゃない?と思う。大人にも子供にも。

間違ってたらごめんなさい。